このコラムは、今までセカンドライフに興味を持った人たちをターゲットにして書いてきたつもりなのだけれども、今回は、すでにセカンドライフをプレイしている方たちに向けて書いていこうかと思っている。
セカンドライフの特徴としてあげられる経済性、その多くを占める、商品の売買を経験したことがある人は多いと思う。
他人が作った商品を購入したことがある人、自分で作った商品を販売したことがある人、色々な形が存在するが、やはり最も気になる部分は価格ではないだろうか。
現実の通貨に換金可能なリンデンドルを支払い受け取るわけだから、実際の商品売買と同じことをゲーム感覚でできる、それが良いか悪いかという問題は置いておくとして、この価格のことに無関心でいる人は、あまりいないだろう。
価格をつける際に、目安となるのが、同業他社、同じようなジャンルで、すでに商品を販売している者の存在である場合が多い。
しかし、そのことが足枷になる場合もある。
できることなら、沢山の人に購入して欲しい、そのために一番手っ取り早い方法は値段を下げることだ。
そのような目論見、または、自分の技術に自信が持てなくて安く設定してしまう、もちろん、他店に勝ちたいからより安くするというのもある。
購入する側から見れば、安いんだから大歓迎だ。
と、言う風に思われがちである。
しかし、極論ではあるが、そのような価格競争が進めばインフレーションにつながり経済に破綻をきたしかねない。
さらに、セカンドライフにおいては、元手がほとんどかからないのだから、限りなく安くすることができる。(フリービーの商品は別の目的があるのでここでは記述しないことにする)
もっとも、すべての人がこの考えに同調することはないと思うが。
セカンドライフは、様々なプレイヤーが参加する世界だ。
そこには当然、一人一人、十人十色の価値観がある。
そもそも、セカンドライフの中では、絶対に必要なものは存在しない。
アバターは、食欲を覚えることもないし、容姿に関してもデフォルトのままで困ると言うことはない。しなければいけないこともない。
すべてのものは、付加価値でしかない。
そして、その付加価値の意味合いとして、最も多いのが、自分自身の個性を出すと言うことではないだろうか。
アバターの容姿を、他人よりも格好よく、美しく、持ち物を多彩に、アニメーションを独特に、そのような意志の元で、それぞれのプレイヤーは、買い物などをして自分自身のアバターに個性を持たせていく。
しかし、どうだろう? せっかく自分自身を個性的に彩ろうとした商品が、安く、誰にでも手に入れられる状態であれば、それは、沢山の人間の持ち得るものとして個性が埋没してしまう可能性はないだろうか。
そのためには、商品の値段を高く設定して、誰にでも手に入るものではない、本当に欲しい人だけ、本当にその価値を認める人にだけ購入してもらう、という考え方の商品も必要になってくる。
それは、儲からん主義的な、値段設定ではなく、相手のことを本当に思った結果の設定ではないだろうか。
もちろん、高ければ良い、ということを言っているわけではない、安価な商品を多くの人たちと共有する喜びと言うのも当然ある。
しかし、どんな場合にでも、購入する側の気持ちを尊重して販売する。そういう姿勢は必要ではないだろうか。
商品を、どのような値段で設定するのも、販売者の自由だろう。
しかし、購入する人の気持ちを無視した商品ほど味気ないモノはない。
使われることなく、インベントリーの肥やしとなっている商品を本当に売りたいのかどうか。
少しだけでも、モニターの向こう側にいる人間のことを考えてもいいだろう。
セカンドライフは、コミュニケーションの世界なのだから。
セカンドライフの特徴としてあげられる経済性、その多くを占める、商品の売買を経験したことがある人は多いと思う。
他人が作った商品を購入したことがある人、自分で作った商品を販売したことがある人、色々な形が存在するが、やはり最も気になる部分は価格ではないだろうか。
現実の通貨に換金可能なリンデンドルを支払い受け取るわけだから、実際の商品売買と同じことをゲーム感覚でできる、それが良いか悪いかという問題は置いておくとして、この価格のことに無関心でいる人は、あまりいないだろう。
価格をつける際に、目安となるのが、同業他社、同じようなジャンルで、すでに商品を販売している者の存在である場合が多い。
しかし、そのことが足枷になる場合もある。
できることなら、沢山の人に購入して欲しい、そのために一番手っ取り早い方法は値段を下げることだ。
そのような目論見、または、自分の技術に自信が持てなくて安く設定してしまう、もちろん、他店に勝ちたいからより安くするというのもある。
購入する側から見れば、安いんだから大歓迎だ。
と、言う風に思われがちである。
しかし、極論ではあるが、そのような価格競争が進めばインフレーションにつながり経済に破綻をきたしかねない。
さらに、セカンドライフにおいては、元手がほとんどかからないのだから、限りなく安くすることができる。(フリービーの商品は別の目的があるのでここでは記述しないことにする)
もっとも、すべての人がこの考えに同調することはないと思うが。
セカンドライフは、様々なプレイヤーが参加する世界だ。
そこには当然、一人一人、十人十色の価値観がある。
そもそも、セカンドライフの中では、絶対に必要なものは存在しない。
アバターは、食欲を覚えることもないし、容姿に関してもデフォルトのままで困ると言うことはない。しなければいけないこともない。
すべてのものは、付加価値でしかない。
そして、その付加価値の意味合いとして、最も多いのが、自分自身の個性を出すと言うことではないだろうか。
アバターの容姿を、他人よりも格好よく、美しく、持ち物を多彩に、アニメーションを独特に、そのような意志の元で、それぞれのプレイヤーは、買い物などをして自分自身のアバターに個性を持たせていく。
しかし、どうだろう? せっかく自分自身を個性的に彩ろうとした商品が、安く、誰にでも手に入れられる状態であれば、それは、沢山の人間の持ち得るものとして個性が埋没してしまう可能性はないだろうか。
そのためには、商品の値段を高く設定して、誰にでも手に入るものではない、本当に欲しい人だけ、本当にその価値を認める人にだけ購入してもらう、という考え方の商品も必要になってくる。
それは、儲からん主義的な、値段設定ではなく、相手のことを本当に思った結果の設定ではないだろうか。
もちろん、高ければ良い、ということを言っているわけではない、安価な商品を多くの人たちと共有する喜びと言うのも当然ある。
しかし、どんな場合にでも、購入する側の気持ちを尊重して販売する。そういう姿勢は必要ではないだろうか。
商品を、どのような値段で設定するのも、販売者の自由だろう。
しかし、購入する人の気持ちを無視した商品ほど味気ないモノはない。
使われることなく、インベントリーの肥やしとなっている商品を本当に売りたいのかどうか。
少しだけでも、モニターの向こう側にいる人間のことを考えてもいいだろう。
セカンドライフは、コミュニケーションの世界なのだから。
マグスル second life セカンドライフの遊び方マガジン
magsl 2007/07/30










